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2015.03.16 Monday | - | - | -
朔太郎が臨んだ世界、朔太郎が望んだ世界。
萩原朔太郎が生涯を賭けて求めたものは何だったのでしょう。
それは先述のとおり、精神の自由であり、
型にはまった既成概念からの脱却であったのだと想います。

「芸術家の思想といふものは、
常に特殊を超越して、普遍を考え、
今日の問題を考えずに永遠の問題を考えている。
文学者たらんとする子供たちが、
親の常識的教育に対して反抗するのは、
彼らが今日の社会人を理想としないで、
普遍に通ずる永遠人をイデアするからである。」

と本人もいうように、
彼は普遍的かつ、本質的に物事を直感として捉え、
名誉や周囲の評価に囚われず、常識に捕らわれず、
生涯を通じて自分の信じる理想を純粋に詠い続け、
現実と戦い続けました。

しかし、その道は困難を極めます。
理想と現実の狭間で彼は懊悩とし虚無を感じ、
己の無力さを嘆くことになるのです。

時代は昭和に入り、
全体主義的な風潮に巻き込まれそうになりながらも、
それでも彼は理想への情熱を持ち続け、謳い続けるのです。 
自ら求めるものを求めてその生涯を深い内心の争闘に終始したのです。

「僕等の意思することは、
かうしたあまりに現実的にすぎるプラグマチック・ロマン人間の一種属を、
現代の日本文化から抛棄することに存してゐる。
それは不可能の夢かも知れない。
なぜなら僕等自身が、あまりに多く伝統の日本人でありすぎるから。
しかしながら尚、それを理念するだけでも好いのである。」

こうして彼は、「不可能」な夢と対峙し、現実に懊悩としながらも尚、
純粋に理想を追い求め、人生に対して少しも怠惰を許さず、
情熱を燃やし続け、「意思」の追及をし続けたのです。
2006.10.29 Sunday | 萩原朔太郎のこと | comments(0) | trackbacks(0)
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