<< November 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

2015.03.16 Monday | - | - | -
朔太郎とフランス
ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背広をきて
きままなる旅にいでてみん

と朔太郎は謳うように、彼は西洋文化に強い憧れを持っていました。
では、なぜ彼はフランスに想いを寄せたのでしょうか?

朔太郎は、私生活でも西洋風を好み、
パリや南海岸ニースへの渡航を夢見ていました。
それは、もちろん幼少期から好んで聴いた音楽の影響もあるでしょうが、
先に述べたように
それは、その後の彼の人生を覆い続けた時代背景や
家庭環境、「田舎」の生活からの自由を求めた「逃避」であり、
彼が追い求め、憧れ続けたのは、

『ありとあらゆる官能のよろこびとそのなやみと 
 ありとあらゆる近代の思想とその感情と
 およそありとあらゆる「人間的なもの」
のいっさいはこの都会の中心にある』(「都会と田舎」)

とあるように、

「近代的世界のイメージ」

であり、

精神の自由

だったのだと思います。
そして、彼は「孤独感」に閉じこもり、
どこかに「在る」はずの理想を求めて謳い続けるのです。
2006.10.26 Thursday | 萩原朔太郎のこと | comments(2) | trackbacks(0)
スポンサーサイト
2015.03.16 Monday | - | - | -
<< 朔太郎の愛した音楽 | main | 朔太郎のモノオモイ >>
コメント
ふらんすへ行きたしと思へども

ふらんすはあまりに遠し

せめては本を買い

ふらんすの景色でもながめてみん


yhaman素晴らしいです。
毎回、楽しみに見ています。
| kiyoko | 2006/10/25 2:17 PM |
まさに、工業化社会に裏打ちされた

高度経済成長のバブル残像によって培われた

団塊ジュニアのニート像に

彼は通じているものがあるのではないか

と思いました

| あらい | 2006/10/25 1:00 PM |
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://beng-teng.jugem.jp/trackback/38
トラックバック