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2015.03.16 Monday | - | - | -
萩原朔太郎の生い立ちに迫る!!
第一回目の今回は、
なんで?だれ?どんな?ひと?
朔太郎はなんで?詩に目覚めたの?
どんな詩を描いたのでしょう?
ということで、彼の生い立ちを探ってみたいと思います。

今から120年前の1886年(明治19年)、
萩原朔太郎は前橋で生まれました。

前橋でも有名な医院の長男として生まれ、恵まれた生活の中、
家業を継ぐことを期待されますが、
虚弱な体質で内気な性格の彼はイジメラレっ子で学校はサボリがちです。

いつも仲間はずれで、
休み時間には校庭の端っこで息を潜めて隠れていたという
学生時代を過ごした彼は、いつしか短歌に喜びを見出すようになりました。

後年朔太郎は、自選自筆歌集『ソライロノハナ』で

−15歳の時には古今集の恋歌を読んで人知れず涙をこぼすようになった。
その頃従兄栄次氏によっていわゆる新派の歌なるものの作法を教えられた。
鳳晶子の歌に接してから私は全て熱に犯される人になってしまった。
16歳の春、私は初めて歌というものを自分で作ってみた。
この時から若きウエイテルの煩いは作歌によって慰められるようになった。
しかしまた、歌そのものが私の生命のオーソリティであったかもしれない。

と述べているように、
従兄の栄次の影響を強く受け、
様々な文芸誌に投稿するなど短歌に情熱を注ぐようになっていきます。

ところが、
学校そっちのけで短歌に没頭するあまり、
勉強もなおざりになりがちで、
中学卒業後は落第や中退を繰り返し、
医家への道を断念したその後、
定職に就かず生家で日々を憂いながら詩と音楽(マンドリン・オペラ)に熱中し
夢見心地で憂鬱な生活を過ごすことになるのです。

2006.10.22 Sunday | 萩原朔太郎のこと | comments(3) | trackbacks(0)
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2015.03.16 Monday | - | - | -
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コメント
リンク良いです!!
分かり易い、これからも楽しみにしています。
| | 2006/10/15 10:03 AM |
面白い! 短歌との出会いが朔太郎を詩の世界に導いたんだね。リンクも細かくつけてあって工夫してるね。
今後も期待してます。
| 編集者N | 2006/10/15 8:42 AM |
モラトリアム観は

私と共感する部分だなあと思いました
| あらい | 2006/10/15 8:28 AM |
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